インタビュー企画② 川口綾子バトン講師

「城東はバトンがすごい」と言われる日を目指して

今回は、バトンの顔  川口(旧姓:奈良)綾子先生にお話を伺った。先生は金管バンド・バトン両方のOGである。4年生でバトン、5年生の時にバンドに所属し「やっぱり踊ることが好き」と6年生ではバトン部に戻られたという。

 

OGの立場で教えに来ていたティーン時代を経て、正式にバトン部講師に就任されたのは2005年。以降レッスンはもちろん、バトン演技の構成、振付をすべて一人で担われている。

 

10年前に創設された卒業生<チーム・メリー・パフォーマーズ(略称TMP)>もまた、川口先生指導の下に、50周年イベントでの活躍必至だ。

 

バンド部を「バンドさん」バトン部を「バトンさん」と呼ぶ先生の声には、愛がこもっている。子ども達の顔が浮かんでいるのだろう。そのあふれる「バトンさん」愛をたっぷり伺った。

 

本当に必要とされる場所

 

先生がバトンを始められたきっかけは何でしたか。

 

姉がバンドに入っていたので、最初はバンドに入ろうと思っていたのですが、年子の姉は嫌がるし(笑)踊りが好きだったので、母が「あんたはバトンやで」って(笑)

 

実は先生のお父さんもバンドOB第一期生であり、50周年記念行事実行委員会メンバーである。

 

先生はまさに「バトン一筋」の道を歩んでおられます。世間にはなかなかおられないと思います。

 

それは多分、「辞めるタイミング」がわからなかったからです。城東小学校で金管バンド・バトンに入部し、その後内藤孝夫先生に紹介して頂いた大阪ジュニアバンドは中学校3年生で卒団、高校の部活もバトン部、さらにワールドウィングス(以下 ワールド)に所属……と、結果的に学生時代はバイトもほとんどできず就活もせず、ずっとバトン中心、バトン優先の生活を続けていました。

  

茨木市を拠点とするクラブチーム<ワールドウィングススポーツバトンクラブ>。ディズニーランドでの公演や、バトントワーリング選手権世界大会、本場アメリカ・オーストラリアへの遠征などなど、ワールドワイドな活躍を、ここで経験された。

 

バトンスクールに通って、気がつけば月曜日以外は全部、練習、練習。日曜日に至っては12時間を超える練習時間でした。高校生のうちには、研修生として小さい子を指導し始めていました。大学生の時には指導員の免許を取得し大学をやめて、そのままワールドにバトン講師として就職しました。ちょうどその頃に、こちらに教えに来る話を頂きました。

 

 こちらへ講師としてお越しになるまでに、すでにかなりのキャリアを積まれていたんですね。

 

ワールドの講師時代は、チック・タック・トゥーと掛け持ち状態。どうしても仕事優先で、いろいろ中途半端になって辛かったのですが、次々後進が来るワールドよりも、本当に私が求められているのはチック・タック・トゥーだ、と思ったんです。それで2005年にワールドを辞めて、こちら一本に絞りました。

 

実は、(バトン部へは)中学生の時分から顔を出していました。専任の指導者がいなかったので、よく知っている後輩だとか、弟の同級生だとかに頼まれて。当時すでに、振り付けなんかもやりましたよ。

 

 

 バトン指導者がいなかったころ

 

先生が現役当時のバトン部は、どんな雰囲気でしたか?

 

バンドは練習に線路側の教室を使っていたと思います。バトンは音楽室か多目的室か?はっきりした記憶はありませんが、とにかく体育館でやっていた記憶はないですね。

 

運動会はバンドが校歌に国歌、表彰式にと大活躍でした。当時のバンドは駒田先生が大変力を入れておられて「バンドあってのバトン」でした。私の時代はみんなバンドのほうに入部していましたね。それでもバトンも、今くらいの人数はいたでしょうか。

 

専門、専任の先生がおらず、たまに派遣の先生がお越しになってもいつのまにかいなくなって。なので先生に叱られたとか、ほめられたとか、そんな記憶がありません。目標もなく熱心ではありませんでした。

 

スクールで初めて、バトンってこんなにアクロバティックなものなのか!と衝撃を受けました。 

 

チーム・メリー・パフォーマーズ(TMP)

 

 自分のスクールデビューが高校生と、遅くて苦労しましたから、なるべく小さいうちにいろんなことを経験させてあげたいし、卒業後も続けたいと思った時に、少しでも次につながるように、と思っています。そして、ゆくゆくは私のように、ここへ帰ってきてくれたらいいな、と思っています。

 

それに、この地域はバトンを本格的にやっている人が少ないので、城東小学校からどんどんバトン人口が増えて「城東はバトンがすごい!」って思ってもらえるようになったらうれしいですね。

 

そういう意味では、先生はTMPですでに後進を育てておられます。

 

ちょうど創部10年を迎えるTMPは、バトン部卒業生だけが在籍できるチームだ。バトンを続け難い環境にある卒業生が、引き続き川口先生の指導を受けたいと望んだことから設立された。

 

華やかさと高度な技を兼ね備えたチームとして、様々なイベントに出演。また、川口先生を支えて、バトン部の練習を指導できるメンバーも育っている。

 

小学生とメリー(TMPの愛称)が一緒のステージに立ったり、一緒に練習する機会が持てたりする今の環境は、とてもいいですね。メリーが難しい技をやっている姿をそばで見て、目標ができますし、メリーのみんなも、小学生が上手にできたらうれしいんです。

 

自慢のバトンさんを見てほしい!

 

創部50年の記念イベントについて、何か思いはありますか?

 

正直私は、今はバトンさんの舞台作りのことで頭がいっぱいですが……。

 

「還暦バンド・バトン」計画話を聞きましたが、還暦の方々だけでなく(笑)、私と同世代の人たちも、ぜひたくさん参加してほしいですね。さすがに踊るのはもう……と思われるかもしれませんが、楽器ならきっと、一緒に楽しめるのではないでしょうか。

 

たくさん来て頂いて、ぜひ、今のバトンさんの姿、『金管バンドバトンチック・タック・トゥー』を見てもらいたいです。本当に自慢の子たちなので!

 

皆さん自分たちの時と、今のバトン部との違いにびっくりしそうですね!ありがとうございました。

     

(インタビュー日:2017年7月24日 於:城東小学校体育館)

 

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コメント: 1
  • #1

    頭師節子 (日曜日, 24 9月 2017 07:54)

    昔のことを思い出し、懐かしさと先生への感謝で一杯です!